つばさブログ

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忘れられない好きだった人の幸せを勝手に願いたいーDear Chambers「BABY」―

忘れられない好きだった人の幸せを勝手に願いたい ーDear Chambers「BABY」―

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Dear Chambersとは

Dear Chambersとは、2017年に

モリヤマリョウタ (Vo.gt)、秋吉ペレ(Ba.cho)、しかぎしょうた(Dr.cho)により結成されたスリーピースバンド。

2019年の頭に全国流通1枚目をリリースし、全国ツアーを開催し、勢いはとどまる所知らず、今年2枚目の作品を10月にリリースされることが決定している。

バンド名の由来は『スタンドバイミー』という映画のワンシーンとチャンパー(=窩、地下の保存庫)から這い上がるという意味が込められている。

 

 

「BABY」のMV公開

このリリースに先駆けて、2nd mini album 『Remember me』より「BABY」のミュージックビデオが公開された。

この公開に対してモリヤマは次のツイートをした。

 

「幸せになってくれよ」/ SELFISH

この「幸せになってくれよ」というのは、モリヤマが前の前に所属していたバンドSELFISHの代表曲である。

SELFISHとは2008年に高校の同級生4人によって結成されたバンド。

2009年には、テレビ朝日系列ストファイHジェネ祭り'09全国大会出場。この時の演奏曲は「Keep on」と「少年ゴリステル」。

2009年の決勝進出者の中には、HOWL BE QUIETの前進バンドtistaや日食なつこなど今でも音楽活動を続けているアーティストがいる。

翌年にも同大会に出場し、優勝している。優勝した際に歌った曲の一つが「幸せになってくれよ」であった。

 

 

まず「幸せになってくれよ」を聴いて欲しい。

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「幸せになってくれよ」は、疾走感溢れるメロディに、好きでいたかった人への思いをどうにかしてでも届けたいという気持ちがそのままに歌唱に乗った気持ちの圧を感じる曲である。

歌詞では告白をすれば付き合えたかもしれないが、告白をする勇気が出ずズルズルと時が進み、好きだった人に恋人ができてしまった過去を、ふと好きだった人と一緒に歩いた場所で思いだし、今何をしているのかと勝手に想像し、そして自分の好きだったという気持ちが救われるように一方的に幸せになってくれよと思うものである。

 

もう一度言うがこの曲は16歳の時に書かれた曲である。16歳というと告白になかなか踏み切れずに時が過ぎ、知ってる誰かと付き合うなんてことはよくある話だ。それは18歳を超えてしまえば、グズグズしている方が悪いと𠮟咤されそうだが、このグズグズしているのは、一本指を触れただけで壊れてしまいそうなシャボン玉を触るかのように好きな人に対しての最大の敬意であり愛なのである。

 

しかし、未だに思い出してしまうそんな相手に対し〈幸せになってくれよ〉というのはかなり口調が荒い。

優しくいうならば〈幸せになってね〉と語尾を“ね”にし相手の幸せに同調したり、〈幸せになってくれな〉と語尾を“な”にし独り言として済ませるが、それでも〈幸せになってくれよ〉なのである。

語尾の“よ”はかなり乱暴で好きだった人に幸せになることを押し付ける言い回しだ。

でも、これは高校生の、初恋の、性なのだ。素直に受け止められない気持ちが見え隠れしつつ、いつかまた自分を好きになってくれるチャンスがないかと思いながらも、そんなことはないことはないことも、分かっていてぶっきらぼうに、はたから見たら身勝手、だけど自分の中では最大限の幸せを願ってしまう。

 

こんな経験はどの時代でも同じ年代であれば経験するから等身大であり、普遍的なことであるからこそ、この曲は10年経った今でも輝いている。

 

 「幸せになってくれよ」から10年、そして「BABY」へ

そんな「幸せになってくれよ」から10年をかけ、やっと書けたというラブソングが「BABY」である。

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BPMはゆっくりで、突っ走るような「幸せになってくれよ」とは比べものにならないくらい落ち着いている。

 

歌詞も、大人になれば付き合えなかった恋を引きずることなんてなくなり、MVで描かれているように同棲だってありえる。

「幸せになってくれよ」ではただただ好きだったという感情を主観だけで伝えるが、「BABY」では客観的に比喩も使いながら相手の気持ちを、今更遅いと思いつつも汲み取ろうとする。

10年経てば大人になり、10年前と同じことを歌ってもかっこよくはないし、等身大でもない。初恋は初恋の心情があり、何度か恋愛を経験した後の恋は、別れた後に徐々に滲みでてくる心情がある。それは走馬灯のようであり、映画のエンドロールかのように。

 

しかし、失った悲しみはいくら歳を重ねても情を保てないと、サビでは恋人の名前を叫ぶかのように感情的に歌う。しかも勝手に夢で笑顔の恋人を見て笑い、夢の中でいいからずっと抱きしめていたいと。

だけれども大人だから夢から覚めることも知っているけど、涙は溢れるのだ。それでも〈愛していたんだよ〉と言ってしまう。やっぱり、語尾は“よ”であり、自分勝手に愛していることを伝えてしまうということは10年経っても変わらない。

だが〈もう君に届くはずもない〉ことも知っているし、恋人の未来に口出しするのも相手に迷惑をかけるだけというのも知ったからこそ、過去形で〈愛していたんだよ〉と二人の物語を勝手に終わらせたのだろう。

 

この今までの経験がありつつも、感情のコントロールができないという葛藤が26歳の等身大なのだ。

 

 

おわりに

「幸せになってくれよ」も「BABY」もどちらがいいと言うことではなく、それぞれの年代における好きな人への距離感でありそれは等身大なのである。

そして一度好きになった人はいつ好きになったのかは関係なく、好きだった気持ちを大切にしながら、一生忘れることができずどこかで勝手に幸せを願ってしまうのだ。

16歳と26歳、奏でる音楽や言葉選びは変わったとはいえ、モリヤマの根幹をなす部分は変わっていないのだろう。

この曲もDear Chambersの代表曲になってくれよ、とどこかで願ってしまう。


 

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www.dearchambers.com

ライブ中に歌いたい人、50歳以上の方は何人いるのか?ークリープハイプ 、Action共同企画"一夜限りの" 使い捨てワンマンー

ライブ中に歌いたい人、50歳以上の方は何人いるのか?ークリープハイプ 、Action共同企画"一夜限りの" 使い捨てワンマンー

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Action共同企画"一夜限りの" 使い捨てワンマン応募者総数を発表

Actionにおいて歌いたい人、50歳以上の方の応募者総数が発表された。

人数ではなくてパーセンテージで発表され、放送の内容から推測するにはこのパーセンテージのまま抽選がなされたようだ。

(この席が有利ということはないと思われる。)

 

 

ライブ中に一緒に歌いたい問題

ライブ中に歌いたい人とそれを聞きたくない人との争いは色々な場面で起こっているが、そんな中お互いに気持ちよくライブを楽しめるようにするために、今回歌い升席が用意された。

これはどちらが正しいということはない。シンガロングの気持ちよさを知っている人ならば、歌いたくなるのも一定の理解があるだろう。そして今回このような席が採用されたということは実験の要素もあるだろうが楽しみ方の一つとしての許容であるということだ。

 

 

実際に歌い升席に応募した人は?

実際に歌い升席に応募した人は全体の4%(新木場96人程度)ではだという。これを多いと見るか少ないと見るかは難しいところであるが、思ったよりも少ないという印象だろうか。

ラジオ内でも「消費税よりも少ない」と言っているが感覚的には1割くらいはいるのではないかと肌感覚では感じていた。もちろんライブハウスの中での分布によってそう感じていたのかもしれないが。

またこのパーセンテージは、他のアーティストであれば大きく変わったことも考えられ、他のアーティストも実験的にやってくれたらと思う。

 

 

50歳以上のクリープハイプのファン数は?

50s席は50歳以上の知り合いが中々見つからないから近くで観て出来たら知り合いになれたらいいなと言うリスナーからの意見で採用された。

50s席の応募は3%(新木場では72人程度)あったという。

50s席が3%もいるのに驚いた。歌い升席とほぼ変わらないのである。歌いたいという人が少ないのかもしれないが、ライブ中に歌いたい人と同じくらいいるのかと思うと多く感じるのではないだろうか。

 

クリープハイプのメインの客層は10代後半から30代前後が多いように感じる。ここ1年くらいで若い人が増えた感じがするが、目にする層としてはここら辺だろう。

親御さんらしき人と一緒に来ている10代くらいの人もまあまあ見るが、この親御さん方が50代には見えない。となると、もし40代までいれると5%を超えてくるのではないだろうか。

 

 

50sはクリープハイプをどのように聴いているのか?

この50代以上の方々はどういう思いで、クリープハイプを聴いているのかが気になる。

 

クリープハイプの曲は社会を生きてく中でのウヤモヤや(ほぼ上手くいかなかった)恋愛について書かれていることが多い。

そのためこれらの歌詞が10代後半から30代半ばくらいに影響を与えるというのは日々の実体験と直接的にリンクするからだと容易に思いつく。

50代を超えてくると、仕事場では若い頃よりは窮屈でない地位につく人も多いだろうしラジオでも子どもに教わって聴き始めた方がいたように恋愛においてもひと段落ついている人が多いのではないだろうか。

 

そうなるとどう言った目線で聴くのだろうか。

社会への不満は生きてれば感じるだろうから「社会の窓」や「身も蓋もない水槽」、「大丈夫」などなどは50sになっても聴くのは想像がつく。

だが、恋愛についてはどうなのだろうか。いくつになってもいい人を探している人はいるとは思うが、結婚もして子どもも生まれてとなってから恋愛にまつわる曲を聴くのはどういう心情になるのだろう。昔を懐かしみ、あの時にこの曲があったら聴けていたら、あの恋は変わっていたのかもしれない…なんてことを思うのかな。

20代の人が高校時代や青春を描いた曲を聴いてワクワクし、あの時はよかったなと思い返すのと同じなのだろうか。きっと答えは出ないが、30年経ってみてわかる感覚が今から楽しみだ。

 

 

クリープハイプは、あと20年、フラワーカンパニーズと同じくらいは続けたいと尾崎さんが言っている。20年後までライブをやっていてくれたら、今20代の人も50sの気持ちが分かるかもしれない。だけど、20年後のクリープハイプを聴いている10代の気持ちが分からないような気もすると不思議な気持ちだ。

もし年齢が違う状態でクリープハイプと出会っていたらなんて考えると、それはまた一興か。

 

 

おわりに

今回実験的では1つのActionとして、歌い升席と50s席が導入された。

正直歌い升席は1割くらい、逆に50s席はもっと数値が低いと思っていたので意外であった。

Action以外のワンマンでこれらの席が導入されるかは分からないが、何かしらのActionはされていくであろう。

どんな楽しみ方をしたい人でも、どんな年齢でも同じクリープハイプを好きな人同士仲良くできたら幸いだ。

 

みなさんはこの比率をどのように受け止めたでしょうか?

Twitterやコメント欄で意見が聞けたら嬉しいです。

 

 

50sの方、もしよろしければどんな感想を持っているのか教えてください!

 

www.creephyp.com

 

 

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クリープハイプ、10周年記念は何が起こるのか?大胆大予想!!

クリープハイプ10周年記念は何が起こるのか?

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10周年記念アーティスト写真



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10年前のアーティスト写真

 

 

10周年記念ツアーの発表

昨日のOTODAMAにおいて、現体制10周年記念ツアー、12月に新作リリースが発表され、各種メディアでは10周年記念のアーティスト写真が公開された。

 

 

10周年記念のアーティスト写真から考えられること

嬉しい発表がされてもやはりクリープハイプ、尾崎さんというと言葉やアーティスト写真などの表面的な意味だけでなく裏側まで考えたくなるもの。

今回はアーティスト写真から、10周年イヤーがどうなるのか予想していきたい。

(各種メディアが12月の新作についてアルバムと報じていないところをみるとアルバムは薄いのではないか?)

 

 

10周年記念のアーティスト写真から考察!

まず10周年記念のアーティスト写真を詳しく見ていこう。

現体制10周年記念のアーティスト写真は10年前の写真に、イラストレーター雪下まゆ氏が傷や汚れを描きたし、背景は元の写真では青空であるが今回は暗闇の中稲妻が怪しく落ちている。これはまるでホラー映画やゾンビ映画のよう。

カオナシさんの目には痣のようなもの、拓さんの服には返り血、尾崎さんは顔が汚れてるし、幸慈さんは元の写真にはない髭が生えている。

すんなりと何も考えずに見ると、時間の経過や今まで歩んできた中での傷に見える。だがそれだけではつまらないと思ってしまう。

 

 

 

 ホラー映画要素がツアーのヒントだったらーー

このアーティスト写真がホラー映画を意識しているとしたらどうなるのか?

ホラー映画といえば、ゾンビや殺人鬼などにより観るものに恐怖を与え、それを楽しむ映画だ。

ホラー映画のように恐ろしいこと(=太客にとっては嬉しいこと)が10周年記念で起こるという予兆だったらどうか?

例えば、先輩バンド(フラワーカンパニーズ東京スカパラダイスオーケストラ)で敬意があるから恐ろしいとか、同年代(back number)だけど先に売れてしまったからとか、後輩(My Hair is Bad、マカロニえんぴつ)だけど勢いあって怖いバンドによる対バンツアー。

今まで行ったことのない土地だから怖い、という地方ツアーなんかあったらおもしろい。

 

 

 

ゾンビ映画の要素が音源のヒントだったらーー

このゾンビ映画のようなアレンジが12月に発売される「10周年を記念した新作」にかかっていたらどうだろうか?

ゾンビといえば生き返りである。

音源で生き返りとなれば、現体制になってから収録されていない曲(猫の手、さっちゃん等)の収録、もしくはインディーズ曲を再レコーディングし、「真のベストアルバム」の発表などはファンにとっては垂涎ものだ。

 

 

アー写以外から考えられること

次作は10周年記念ということで、前作同様に太客限定の特装版が用意されることが容易に考えられる。こちらの特典として10周年を振り返った映像作品やブックレットを期待してしまう。

 

 

 

おわりに

10周年記念のアーティスト写真、新作、ツアーが発表され太客はワクワクが止まらない。

恐らく10月10日に新作の更なる情報が解禁され、2月から3月のツアーにおいて10周年記念の更なる新譜、全国ツアーや最大規模のライブ(横浜アリーナ、あわゆくば神宮球場)なんてのが発表されたら……

10周年イヤーが今から楽しみだ。

 

さあ、皆さんはどんな深読みをしますか??

 

 

 

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新メンバー加入でそれでも世界が続くならは優しくなった。

新メンバー加入でそれでも世界が続くならは優しくなった。

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メンバーが変われば…

メンバーが変われば、音が変わりバンドの雰囲気も変わる。そんなことは音楽をやっていようがいまいがなんとなく分かること。この変化がバンドの中で受け入れられないから活動休止したり解散したりするバンドがいて、オーディエンスは離れていく。もちろんそれはその人個人の感性だから受け入れられるべきことである。

 

 

それでも世界が続くなら、新メンバー加入

9月1日、それでも世界が続くならに新ドラマーとしてツチヤカレンが加入した。

それでも世界が続くならは、Vocal,Guitar篠塚 将行、Guitar 菅澤 智史、Bass 琢磨 章悟、Drum ツチヤカレンによるフォーピースバンド。

前ドラマー栗原 則雄が脱退を申し出たために、昨年9月から活動休止、今年2月に正式に脱退しその後サポートメンバーでそれでも世界が続くなら(仮)として活動していた。

代表曲は「参加賞」、「水色の反撃」等。

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新メンバー加入してそれでも世界が続くならは変わったのか?

彼女が正式加入する前、それでも世界が続くなら(仮)という状態でライブを観たときに、どこか優しさを感じてしまった。

 

それでも世界が続くならは、篠さん(Vo.)が自ら言うように人を救うバンドがいなかったからやっているというように人を救うバンドである。しかし、彼らの救いはかなり劇薬で強い衝撃で救われるのの副作用のある音楽だった。

これらの曲が、曲のテーマが「生と死」「いじめ」「生き辛さ」「自殺」「社会への抵抗」等と一つ一つに重さがあり、それらが爆音のノイズの中で、耳馴染みのいいメロディが針の糸を通すようにオーディエンスに届く。

曲のテーマが日々の情景を露わにし、爆音のノイズが毎日の辛さに輪郭をつけ痛みを感じるも、耳届くメロディと歌詞が日々の中からの救いのように聞こえてくるのだ。

しかし、聴いた後にどこか副作用が残るかのように古傷が痛むような救いの喪失感があったのも事実だ。

 

 

新体制になってからのそれでも世界が続くならは、暖かみがありどこか優しい。

1つ、当たり前ではあるがツチヤカレンの加入だろう。彼女のドラムはすごく力強く他の楽器に埋もれない主張がありつつも土台をドッシリと構えている。それは篠さんがツチヤカレンを「女子バスケ部の部長」と形容したイメージそのものが音に現れていると思う。また、彼女自身がもともとそれでも世界が続くならを好きだった訳じゃないというのも要因だろう。篠さんがそれせかを好きな人とやりたくないとし、彼女とはたまたまクラスメイトになった子と気が合ったのと同じというようにいい意味で距離感があるからなんじゃないか。もし憧れを持った人ならば土台というよりも後を追うようになってしまったのかもしれない。

 

もう1つは、メンバーの心持ちの変化にあるのではないだろうか。篠さん自身もうバンドをできないのではないのかと思っていたというが、他のメンバーはやりたいと言っていたそうだ。その中で篠さん自身がそれでも世界が続くならの存在意義を再び考え、やはりやりたいと思うようになったという。このようにバンドへのモチベーションや存在意義の再確認によって音も変化したのではないだろうか。

 

 

それでもの世界が続くならの変化は、隠し持っていたい劇薬から諸刃のお守りになったと思う。とても抽象的ではあるが劇薬よりも安心感がありいつでも持っていたい思えるようになった。

 

おわりに

それでも世界が続くならは、音楽性がとか、メンバーがとかではなく、バンドとしている存在しているだけで意味があり、救いになる人がいる。どうかいつまでも無理をしない範囲でバンドが続いてくれることを願いたい。

 

youtu.be

 

 

www.soredemosekaigatsudukunara.com

FILTERらしさを吐き出し、新たな挑戦を吸い込んだ『Our Breathing』

FILTERらしさを吐き出し、新たな挑戦を吸い込んだ『Our Breathing』

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FILTERとは

FILTERはフェスティバルサウンドが魅力的な柏市出身の男女混成5人組バンド。

代表曲「Last Dance」をはじめとしライブを通してシンガロングで一体になるのが気持ちよく多幸感になれるのが彼らである。

ライブではモッシュやダイブも起こるが、多幸感に包まれたその空間にはお互いへの尊重がありイヤな気持ちになるものはいない。

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2nd Mini Album『Our Breathing』をリリース

FILTERが2nd Mini Album『Our Breathing』を9月4日にリリースした。

 

前作『euphoria』は、文字通り多幸感に溢れた、自らの良さを最大限に濃縮した最高傑作であった。

前作が最高傑作であったため、今作『Our Breathing』ではどのような表現を見せてくるのか楽しみな一枚である。

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『Our Breathing』レビュー

はじめの二曲は、前作から引き継ぐように彼らの持ち味であるフェスティバルサウンドで楽しませてくれる。

 

しかし、3曲目以降彼らの新しい一面が次々と出てくる。

3曲目の「Rumba」。文字通りルンバを基調としているがホーンを取り入れたり、サンバのようなダイナミズさがあったりとFILTERなりの解釈が付け加えられ大勢で踊り明かしたくなるような曲となっている。

 

4曲目からはBPMを落とした曲が並ぶ。

4曲目「Friend Like Me」ではクラップし横揺れしながらゆっくり踊りたくなり、5曲目「All Night Long」はFILTERでは珍しいオール日本語詞で曲調はポップでかなり驚いた。

ラストソング「Stand By Me」は、歌モノであり聴かせることに重きが置かれ、歌詞も考えさせられるものになっている。

これらの楽曲、全てにFILTERらしさが詰まっているのが彼らのすごさである。

 

 

かなり曲の振り幅があり、これらの曲のルーツや思惑について興味がわく。

もしかしたらタイトルの「Our Breathing」のように一呼吸ついた上でFILTERのやりたい曲だったのだろうか?

 

 

今作発表に際して発表された豊方亮太(Gt/Vo)のコメントでは「ツアー中見知らぬ誰かがライブを見て熱狂している、泣いている。そんな場面を何度も見てきた。」というものがあった。この見知らぬ誰かというのを更に広げたいという想いから、幅広い楽曲に繋がったのかもしれない。

 

 

 おわりに

ライブが気持ちいいバンドだからこそ、本作3曲目以降のFILTERとしての挑戦曲が、ライブで過去の曲とどのように相互作用を起こすのだろうか。

そして次作以降どういった方向に進んでいくのかとても楽しみだ。

 

 

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www.filterofficial.com

 

 

ロックバンドドラマチックアラスカ、「ジュブナイル」で青春をリスタート

ロックバンドドラマチックアラスカ、「ジュブナイル」で青春をリスタート

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新曲「ジュブナイル」MVを公開

前作『最後のフロンティア』から約1年ぶりに『愛や優』をリリースする。

これに伴い「ジュブナイル」のMVが公開された。

作曲ドラマチックアラスカ前ベーシストのマルオカケンジ、プロデュース山本聡(ガガガSP)を迎え体制は万全の本ナンバー。

まず一度聴いて欲しい。

youtu.be

 

 

 ドラマチックアラスカとは

ドラマチックアラスカは、2010 年同じ高校に通うメンバーで結成された“神戸”出身のフォーピースバンドである。

代表曲は、『無理無理無理』、『人間ロック』、『リダイヤル』等。

www.youtube.com

 

 

ジュブナイル」で描いた青春の意味とは?

ジュブナイル」とは少し硬くティーンエイジャーを意味する言葉。

原来のロックである社会に対しての抵抗を表現してきたドラマチックアラスカの曲の中ではかなり爽やかなナンバーとなっている。

この曲は青春の終わりである高校三年生の夏がテーマ。

 

 

高校三年生とは、青春の最後の年であり大学受験や社会に出るといった大きな門出を迎える時。

一方、はじめて社会に出るということは今までの学生生活とは全く違う大人社会にのまれていくことになる。

社会にのみ込まれていくということは、自分を成長させてくれるいい機会でもあるが、人の汚い面や妥協しなくてはいけない場面も増えてくるということでもある。

 

 

しかし、高校三年生というのはまだ社会を知らず自分の夢を持ち挑戦したいという志がまだ宿っている。

しかも、夏休みは学校もなく時間があり好きなことができる。この時間を挑戦したいことに目一杯使って挑戦するという青春の1ページが思い浮かぶ。

 

 

そして高校三年生の夏休みは人生とも似ている。

この曲の終わりに〈鼓動は有限 可能性は無限大〉という歌詞がある。

人生とは長いようで一生続きそうないわば長い夏休みのように感じるが夏休みは終わる。もちろん人生もいつか終わる、しかも夏休みと同じようにあっという間に。

しかし、夏休みは行動をすれば何事もできる期間でもある。

人生も夏休みと同じで行動を起こせば何でも挑戦できる、人生も〈可能性は無限大〉ということを表現したのだろう。

 

 

学校を出ると高校生のような長い休みは中々なく、好きでもない仕事をこなす日々を送る人が大方であろう。

何かやりたいことがあったとしても言い訳を引っ張り出しては無限大の可能性を台無しにしていないだろうか。

 

しかし、人生には限りがあり突然に終わる。

だからこそ、今一度高校生の頃のような、ジョブナイルに戻って自分のやりたいことを初めてみてはいかがだろうか。

 

そんな新たな一歩を踏み出すのを後押ししてくれる、ジュブナイルな応援歌だ。

 

 

 

『最後のフロンティア』から「ジュブナイル」へ

上述したことを、この曲だけを聴くと感じる。

しかし、この曲は単なる応援歌ではなくバンドを一からやり直す、ドラマチックアラスカにとってリスタートの曲ではないか。

 

前作『最後のフロンティア』は、語弊があるかもしれないがボロボロに傷つきながらやっと辿り着いた唯一のフロンティアを歌っているように感じる。

前作はドラマチックアラスカの代表曲のリテイク、過去の収録曲、未収録曲で構成されていた。

 

代表曲のリテイクは、曲のもつ卑屈さ、やり切れなさを最大限に濃縮させ、ライブのように感情をむき出しに再構築した。(聴き比べてもらえばさらに実感できるだろう。)

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過去の収録曲や未収録曲は、思うようにいかない、安全地帯から好き勝手いうような世界を最大限の卑屈さに落とし込んだ上で、絶対に勝ち上がっていくことを誓う曲が多い。

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このように社会に対して抵抗するということは、日本のロックの流行りではないし、批判も大きいだろう。

しかも音楽業界からは死んだバンド扱いされているとなれば卑屈になるのも理解できる。

この卑屈さは戦っている証なのだ。

www.tsubasa518.com

 

 

 

最後の2曲「おつかれさま」、「25」で、卑屈になりボロボロになりながらも戦地から逃れ最後のフロンティアで仲間(ファンやバンド、自分)に対して優しく語りかけアルバムを終える。

このように、今まで戦ってきた軌跡と変わらぬ想いを今できる精一杯詰め込んだのがフルアルバムの前作だった。

 

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『愛や優』リリースに際してヒジカタのコメントでは、歌詞が書けずにリリースを諦めそうになったという。もしかしたらバンドを止めようと思ったかもしれない。

 

しかし、前作で参ってしまい、今作を完成せずに社会に押しつぶされて音楽をやめてはロックではないというのがドラマチックアラスカの強さだ。

ジュブナイル」には、収録曲の中でどの段階で完成したのか分からないが、死んだバンド扱いされたことから開き直り生まれ変わったドラマチックアラスカがある。

そして、高校三年生の夏休みのような挑戦したいことに対しガムシャラで青々しい満ち満ちと滾るエネルギーを感じる。

これは終わったバンドと言われたが一度終わったのならばまたやり直せばいいという不屈の精神だ。

 

 

 

終わりに

ドラマチックアラスカにとってリスタートの曲であり、新たなアンセムジュブナイル」。

死んだバンド扱いされたドラマチックアラスカは「ジュブナイル」で生き返ったと言っていいだろう。

新アルバム『愛や優』では一枚を通してどのようなロックが表現されるのか今から待ち遠しい。

 

 

 

dramaticalaska.com

【9月1日問題】#しんどいくんへ がしんどい人にみるきーうぇいを聞いてほしい。

9月1日を迎えるにあたってみるきーうぇいが2枚のアルバムをサブスクリプション解禁した。

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9月1日問題とは

9月1日問題とは1年間の中で若い人(18歳以下)の自殺者が多い日という統計が出ていることからいう。

9月1日新学期初日、「何かしらの理由から学校へ行くことよりも死を選んだ方がまだいい」という事から自ら死を選んでしまうのではないだろうか。

 

まず言いたいのは、学校に行きたくなかったら行かなくていい。

学校に行かなくても死ぬわけではないし、適当にやり過ごして卒業すりゃあいいからだ。

 

 

 

みるきーうぇいとは

正式メンバーの伊集院香織(gt.vo.)とサポートバーシスト、サポートドラマーを迎え3ピースで活動している。

大人になるのをやめたを軸にし、伊集院の実体験を元に描かれるいじめや十代特有の苦悩を、全世代が腑に落ちる形で音楽を通して届けている。

 

 

 

 

8月の最後の週にみるきーうぇいがサブスクリプションを解禁

8月28日に、「大人になるのはもうやめだ」、「地獄で会えたらキスしてね」をサブスクで全曲配信を始めた。

今までは代表曲の数曲だけであったためアルバムとしては初。

みるきーうぇいの曲には、この9月1日を迎えることを好んでいない人にとって共感する曲が多くある。

 

 

その中から3曲紹介したい。

 

 

「カセットテープとカッターナイフ」。

いじめや集団生活の希望のなさ、監視社会の窮屈さを歌いながらもカッターナイフを投げつける事で自分を環境を変えるという曲である。

すぐに何か行動することが出来なくとも屈する必要はない。

屈することのない一助になるの曲だ。

この曲については平成狂想曲でも述べているのでそちらも参考にして欲しい。

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「夜の公園」

夜の公園であの子と手持ち花火をしたりアスレチックをしたり楽しみたいと歌う。

だがそれは参考書を破り捨て、着信を全部無視してだ。

学校や親といった、不自由なものから逃げ自らのしたいことをしたいと願う曲である。

逃げることは悪い事ではない。自分で自分を殺さないように自分の正義に乗っ取り行動することが必要だ。

逃避することを正当化してくれる一曲。(自分の好きな人には迷惑がかからないように)

 

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「世界で一番悲しいこと」

この曲では世界で一番悲しいことを自分の好きなことを列挙する中で語っている。

序盤で好きな小説が読めなかったり好きな音楽が聴けなかったりと誰にでも当てはまるような例を挙げる。

しかし、本当に一番悲しいことは「何をしていても、思い出すこと。」だという。

何を思い出すのかというと、亡くなってしまった仲のいい人のことである。

亡くなるということはもう何があっても会うことが出来ない。

その一方で残された人は、生前を思い出してしまうことが悲しいということを歌っているのだ。

あなたもその一人なのである。

 

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おわりに

窮屈に押し潰されて我を失ってしまうのならば自分の正義を貫いて欲しい。

犯罪は犯して欲しくはないが人に危害を与えなければ逃避する事は生きる上で必要だ。

幸運にもあなたは音楽という逃げ場所を持っている。

音楽は裏切らない。

今回紹介したみるきーうぇいがサブスクリプション解禁にはそんな思いがあるのではないだろうか。

どうか今日も生きて欲しい。

 

 

 

milkyway-music.com

 

もし何かの参考になれば

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